愛媛・松山で1635年(江戸時代初期)に創業した、五色そうめんです。

愛媛・松山で1635年(江戸時代初期)に創業した、五色そうめんです

HISTORY

歴史

寛永年間創業以来、雅の城下町、四国松山に伝統の風味を伝えて、
当社はその老舗としての信頼を礎に、ふるさと愛媛の食品産業の一翼を担ってきました。
私たちは、これからもいつの時代にも愛されてやまない日本の味を大切に育てていきます。

うつくしい彩りと

風味を楽しむ

松山城下うまれの

おそうめん

寛永年間創業の歴史の重さに支えられて

寛永12年(1635年)、松平定行の松山赴任に従って移り住んだ長門屋市兵衛が松山の地で創業して以来、厳選した小麦粉を使用し、時間をかけて低温熟成させて、じっくりと乾燥してつくりあげる五色そうめん。
五色そうめんならではの強いこしと滑らかな食感、色鮮やかな色彩が特徴です。
梅肉や抹茶を練りこむ手延そうめんの製法は難しく、長年の研究で麺のこしを強くする製法を築き上げました。麺づくりは、その日の気温や湿度により塩水温度や加水率が変化するといわれています。当社では伝統の製法を守りながら、最新の設備で最適の環境のもと、風味豊かな美味をつくり出しているのです。

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美しい五色の色は
いかにして生まれたのか

五色の着想は享保7年(1722年)、八代目市左衛門の娘が椿神社への参拝の折、美しい五色の糸が下駄に絡みついたのを見て、父親に「そうめんに五色の色をつけてみては?」と進言したのがきっかけです。
その彩は評判になり、参勤交代の際に献上、好評を博しました。
朝廷でも「美麗五色は唐糸の如く美し」と賞賛され、一躍全国的に知られるようになったのです。

近松門左衛門、正岡子規など
数々の文化人に愛された郷土の愛

昔から五色そうめんを愛した文人墨客は数知れません。
近松門左衛門もその一人。親交のあった松山の豪商より贈られた五色そうめんを「味はいうまでもなく、その美しい姿はまるで暗く冷たい冬の日に輝きながら、舞い踊っている陽炎のよう」と賞しています。
正岡子規は「文月のものよ五色の糸そうめん」という句を残し、門下の長塚節も、道後温泉へ来遊の際に食したことを日記に書きとめています。そして今なお、松山を訪れる各界の著名人たちに郷土の美味として食され愛されています。

伊予節へ唄い継がれる五色そうめん

愛媛を代表するお座敷唄「伊予節」にも、松山の名物名所のひとつに五色そうめんが唄われています。
八代将軍吉宗や朝廷にも献上され、その美しさや風味が評判となり、さらに唄によっても全国へその名が知られることになりました。江戸時代から現在まで唄われ続ける伊予節。松山を愛する先人たちが込めた思いを、これからも五色そうめんは受け継いでいきます。

伊予節


































































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